• 徳島大学 大学院医歯薬学研究部
  • 徳島大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野

Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery, Tokushima University Graduate School of Biomedical Sciences

インフルエンザ

徳島大学疾患酵素学研究センターの木戸 博教授が、経鼻粘膜型不活化インフルエンザワクチンを開発されている。経鼻粘膜型ワクチンは、粘膜免疫により気道に分泌型IgA抗体を誘導することができる。誘導されたIgA抗体はインフルエンザの感染防御作用が強く、インフルエンザウイルスの抗原変異に交差反応性がある。しかし、粘膜免疫は不活化抗原だけでIgA抗体を誘導することができず、アジュバントが必要である。木戸教授は肺サーファクタントを粘膜免疫アジュバントとして用いた経鼻粘膜型不活化インフルエンザワクチンを開発中である。我々は、鼻腔のIgA抗体価を評価するための鼻腔洗浄液の新しい採取方法を開発し、共同研究を行っている。

1. Nasal spray and aspiration(NSA)法による 鼻腔洗浄液の採取法の開発

鼻腔洗浄液の採取法としてnasal washing法がよく用いられているが、被験者に慣れが必要なため小児や高齢者には困難で、実地調査には適していなかった。我々は、Nasal spray and aspiration(NSA)法による 鼻腔洗浄液の採取法を開発した。NSA法は安全、簡便で、多人数での実地調査にも有用である。さらに、鼻腔洗浄液中の特異的IgA抗体価を総蛋白や総IgA濃度で標準化することにより、再現性よく鼻腔の特異的IgA抗体価が測定できた。さらに、NSA法により従来のnasal washing 法とほぼ同じ抗体価が得られた。

2. 健常人に対する皮下接種型不活化ワクチンの接種前後の特異抗体の誘導

インフルエンザワクチン皮下接種の局所免疫および全身免疫に対する効果を健常成人で検討した。同意の得られた本学の職員と学生155人を対象に、インフルエンザワクチン皮下接種前と接種後1か月後に血清とNasal spray and aspiration(NSA)法により鼻腔洗浄液を採取した。全身免疫の指標として血清中のインフルエンザ特異的IgG抗体を、局所免疫の指標として鼻腔洗浄液中の特異的IgA抗体の抗体価をELISAで測定した。その結果、血清中の特異的IgG抗体価は、ワクチン接種後に有意に増加した。しかし、鼻腔洗浄液中の特異的IgA抗体価は、接種後に増加を認めなかった。現行の皮下接種型インフルエンザワクチンは全身免疫を賦活する効果が認められたが、鼻腔の分泌型IgA抗体を中心とする局所免疫には影響を与えなかった。そのため、皮下接種型インフルエンザワクチンは感染防御作用が弱いと考えられた。

3. ミニブタへのワクチンの経鼻接種法の検討

ヒトのインフルエンザウイルスが感染する動物は、ブタとイタチであるため、木戸教授はミニブタを用いて肺サーファクタントを粘膜免疫アジュバントとして用いた不活化インフルエンザワクチンの効果を、ミニブタを用いて検討中である。経鼻接種では鼻腔IgA抗体と血中IgG抗体が誘導されるが、皮下接種では血中IgG抗体のみが誘導された(Vaccine 27: 5620-7, 2009)。我々は、ミニブタのNALTが存在している可能性がある耳管扁桃や口蓋扁桃などに直接、不活化ワクチンを噴霧すると鼻腔IgA抗体の誘導が促進されるという作業仮説を立て、ワクチン噴霧器を試作し、細径経鼻ファイバーを用いて鼻腔深部へのワクチン接種を試みた。しかし、ミニブタの鼻道は鼻甲介の張り出しにより非常に狭く、経鼻ファイバー下に上咽頭付近へ直接ワクチンを噴霧することは困難であった。

4. インフルエンザ感染者の感染後の特異抗体の誘導

インフルエンザに感染すると鼻腔の分泌型IgA抗体と血清IgG抗体が誘導される。IgA抗体は感染防御作用が強く、抗原変異にも有効であることから、長期間の感染防御免疫が獲得される。このことから、インフルエンザ感染後に誘導される鼻腔IgA抗体価は、我々が開発中の肺サーファクタントをアジュバントとした経鼻粘膜型ワクチンが、誘導すべき抗体価の目標値になる可能性がある。

インフルエンザ感染者の鼻腔IgA抗体価と血清IgG抗体価の感染後の経時変化について検討した。対象は、2007年から08年、および2008年から09年の2シーズンのインフルエンザ流行期に迅速診断によりインフルエンザA型の感染が確認された16症例である。感染後に複数回、鼻汁のIgAおよび血清IgGを測定した。

その結果、インフルエンザに自然感染した患者において、2シーズンとも流行の主流だったA/H1N1に対する鼻腔IgA抗体価と血清IgG抗体価は、感染直後に有意に上昇した。また、鼻腔のIgA抗体は、流行の主流ではなかったA/H3N2に対しても、交叉反応性を示したが、血清IgG抗体は反応しなかった。徳島大学で開発中の経鼻粘膜型ワクチンは、粘膜免疫を介してインフルエンザウイルスに対して交差反応性が高い鼻腔IgA抗体を誘導できる可能性が示唆された。